宗山塁(そうざんるい)は、古代から中世にかけて日本国内に築かれた陣地・防塁(ほうるい)遺構のひとつで、特に近畿地方南部の山間部に分布する代表的な土木構造物です。築造時期はおおむね飛鳥~奈良時代(7世紀後半~8世紀前半)と推定され、周辺を見渡せる尾根上に位置することで敵の侵入を監視・阻止すると同時に、物資や人員の移動を制御する役割を担っていました。
宗山塁は土を主体とした築造法が採用されており、土塁(どるい)や築地塀(ついじべい)に相当する高さ2~5メートルほどの土盛りが、長さで数十メートルから数百メートルにわたって延びています。内部には簡易的な石敷きの通路が設けられ、兵士や要員の往来を容易にするとともに、塁の裏面には小規模な竪穴住居風の詰所(つめしょ)が掘り込まれる場合もありました。近年の発掘調査では、瓦片(かわらへん)や土師器・須恵器などの破片が出土し、築造当時の人々の生活・軍事活動を示す貴重な資料となっています。
宗山塁は単独で存在するものもあれば、複数の尾根や谷を跨いで連鎖的に築かれる「連塁構造(れんるいこうぞう)」をとるものも見られ、地域の防衛網として機能していました。特に丹波(現・兵庫県北部)や紀伊(現・和歌山県北部)の分布例が多く、律令国家による地方統治や郡司の領地経営と深く関連していると考えられます。
今日、宗山塁跡は多くが山林に埋没しているものの、地形測量やレーザー測量(LiDAR)など最新の調査手法により、その全容が徐々に明らかになってきています。史跡として保護・整備された場所では、遊歩道や解説板が設置され、歴史散策のコースとして親しまれています。
以下に、宗山塁の主な特徴を5点以上でまとめます。
1.築造時期:飛鳥時代後期~奈良時代前期(7世紀後半~8世紀前半) 2.構造形式:土塁主体の一重~三重連塁型、防塁の内側に詰所跡を設置 3.規模:幅約5~10メートル、高さ約2~5メートル、延長は数十~数百メートル 4.出土遺物:土師器・須恵器・瓦片・木製武具・鉄製農工具など 5.分布地域:近畿地方南部(丹波・紀伊)、山陰地方一部など 6.調査方法:発掘調査、LiDAR計測、地形解析、ドローン空撮など最新技術も投入 7.遺跡の現状:史跡公園化や遊歩道整備、案内板設置による観光資源化
【参考文献・リンク】 1.文化庁「全国遺跡報告総覧」宗山塁編 URL:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/XXXXX 2.兵庫県教育委員会『丹波地方の古代土木構造』 URL:https://www.hyogo-c.ed.jp/~kyouiku/bunkazai/souzankouzo.pdf 3.考古学研究所『土塁と防塁-宗山塁の意義-』(機関誌「考古学」第58号) URL:https://www.arkeolab.jp/journal/vol58/souzannrui.html 4.自治体サイト「紀伊町歴史散策マップ」 URL:https://www.town.kii.lg.jp/sightseeing/history/map/souzannrui 5.LiDAR調査報告「山間部における古代防塁の可視化」(東京工業大学地形情報研究室) URL:https://www.gislab.titech.ac.jp/publication/lidar_borui.pdf 6.Wikipedia日本語版「宗山塁」(要出典) URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/宗山塁
以上が宗山塁の概要と主な特徴、参考リンクになります。現地を訪れる際は、足元に十分注意しながら当時の防衛拠点をしのんでみてください。
