橋本病(Hashimoto病)は、自己免疫機序により甲状腺が慢性的に炎症を起こし、その結果として甲状腺機能が低下する慢性甲状腺炎の一種です。日本では女性に多く、30~50代に好発します。自己免疫反応の主体は甲状腺組織を標的とする抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)や抗サイロペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)で、これらの自己抗体が産生されることでリンパ球浸潤が起こり、甲状腺実質が徐々に破壊されていきます。

症状は病期や個人差によってさまざまですが、初期にはほとんど自覚症状がなく、無症候性のまま健診での異常所見(TSH上昇、抗体陽性)を契機に発見されることが多いです。進行すると甲状腺ホルモン(T3、T4)の産生能が低下し、全身代謝が落ちる甲状腺機能低下症状として、疲労感、体重増加、寒がり、便秘、むくみ、乾燥肌、筋肉痛、記憶力低下、抑うつなどが現れます。極めて稀ですが、炎症の急性増悪によって一時的に甲状腺ホルモンが過剰に血中へ放出され、一過性の甲状腺機能亢進症状(動悸、易汗、手指振戦など)をきたすこともあります。

診断は血液検査が中心で、血清TSH上昇(基準値0.4~4.0 μIU/mLを超える)、遊離T4低下、抗TPO抗体や抗Tg抗体の高値が典型的所見です。超音波検査では甲状腺の腫大および内部の低エコー斑点や粗雑化が認められ、慢性炎症による組織変性が示唆されます。確定診断のためには細胞診(超音波ガイド下穿刺吸引細胞診)を行い、リンパ球浸潤や濾胞細胞の変性像を確認する場合もあります。

治療は主に甲状腺ホルモン補充療法で、レボチロキシン(L-チロキシン)を1日1回内服し、TSHを適切な範囲(一般的には0.5~2.5 μIU/mL)に維持します。ホルモン補充により症状は改善し、生活の質(QOL)は大きく向上します。免疫抑制療法は通常不要ですが、ごくまれに痛みや発熱を伴う急性増悪期には、NSAIDsやステロイドを短期間用いることがあります。定期的な血液検査と甲状腺超音波検査により、ホルモン量の調整や腫瘍性病変の有無をモニタリングします。

橋本病は慢性の自己免疫疾患であり、完治は難しいものの、適切なホルモン補充療法を継続することで長期にわたり安定した生活が可能です。また、心血管疾患や高齢者の認知機能低下を予防するうえでも、甲状腺機能を正常に維持することが重要です。近年は遺伝的素因や環境因子(ヨード摂取量、感染、ストレスなど)が複雑に絡み合って発症すると考えられ、研究が進められています。

【橋本病の主な特徴】 ・自己免疫性慢性甲状腺炎である ・抗TPO抗体・抗Tg抗体が陽性となる ・女性に多く、30~50代に好発する ・血清TSH上昇と遊離T4低下を呈する ・慢性的に甲状腺が腫大し、超音波では低エコーを示す ・レボチロキシン補充療法が基本治療 ・稀に一過性の機能亢進症状を呈することがある ・適切なホルモン補充でQOLの維持が可能 ・長期的フォローアップが必要

【参考文献】 1. 厚生労働省 e−ヘルスネット「慢性甲状腺炎(橋本病)」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/endocrine/ym0237.html 2. 日本甲状腺学会「診療ガイドライン 甲状腺炎(橋本病)」 https://www.jsts.org/guideline/list.html 3. MSDマニュアル家庭版「慢性リンパ球性甲状腺炎(橋本病)」 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/内分泌系および代謝疾患/甲状腺疾患/慢性リンパ球性甲状腺炎 4. ウィキペディア「橋本病」 https://ja.wikipedia.org/wiki/橋本病 5. 国立国際医療研究センター病院「病名ナビ 橋本病」 https://www.hosp.go.jp/nimh/nimh_j/condition/thyroid/Hashimoto.html

投稿者 wlbhiro

コメントを残す